<2014年2月6日リリース>
Kwesi K
"Ran Away From Me"
1.Long Days, Short Nights
2.Fold
3.Brunettes
4.Whiskey Wit
5.By My Side
6.Christina / Corrin
7.Lovely
8.Pronouns
9.MRI's
私がこのアルバムに出会ったのは、六本木のとある本屋でのことだった。「フェルメールとレンブラント展」を見終わり、気分が高揚して関連書籍を買おうと意気込んで店内に入っていった。しかし目当ての本が見つからず、しょぼんとして店内をうろついていると、数枚のアルバムが置かれたCDコーナーが設けられているのを見つけた。そこで、アーティスト名は全く知らなかったが、シンプルながら意味ありげなジャケット写真に惹かれ、この"Ran Away From Me"を視聴してみることにした。今思えばジャケット写真の白さはフェルメールを想起させなくもないが、そんな強引な連想よりも、とにかくこの"Ran Away From Me"の素晴らしさの虜になり、視聴してからたったの5分で本作購入を決意したのであった。書店だったので図書カードで買えればお得だったが、あいにくCDには使えないということで、今でも少し悔しさが残るというのはちょっとした余談。
Kwesi Kはオハイオ州出身で、現在はペンシルバニア州フィラデルフィアを活動拠点とするシンガーソングライターである。本名はKwesi Kankamで、フォトグラファーとしての一面も持っているようであり、ジャケットに使われた写真にも彼なりのこだわりが詰まっているのだろう。
私の購入の決め手は、この"Fold"である。軽快なアコースティックギターのアルペジオで、全体的に明るく陽気な1曲に仕上がっている。黒人歌手ということからR&Bやソウルからの影響はもちろん感じるが、アルバム全体の印象としては、そういったブラックミュージック色を濃く前面に押し出すのではなく、時にケルティックな雰囲気も纏いながら、限りなくポップでアコースティックな作品になっているということだ。おそらくMumford & Sonsあたりが好きな人は、かなりハマるアルバムだろう。"Fold"はアルバムではバンド編成で、ドラムによる軽快なビートが加わることはもちろん、間奏のアルペジオギターと後半の疾走感が楽曲の良さをさらに引き立たせている。アルバムの終盤では、"Pronouns"のようなミドルテンポな楽曲が心に沁みる。
近年のブラックミュージックやヒップホップの豊作ぶりを見れば、一見このアルバムは印象の薄い一枚に思えるかもしれない。しかし、東海岸風のジャズが息づいたアレンジと、楽曲が本来持っている南部の土着的なメロディが相まって、まさにアメリカのシンガーソングライターらしい曲作りを体現している。アコースティックギターをメロディの主軸にしているため、技巧的なベース音が存在感を発揮しており、間奏を埋めるアレンジもエレキギターのみに偏らず、サックスやトランペットなどを上手く織り交ぜているあたりは、Kwesi自身の音楽性の幅広さを十分に感じさせる。
アルバムのラストを飾るのは、この"MRI's"だ。鮮やかに重なり合ったアコースティックギターのメロディに、そっとささやくようにKwesiの歌声が入り込む楽曲構成は、シンプルながらも、どこか未知の空間に入り込んでいくような不思議な奥行きを感じさせる。後半に向けてオーケストラアレンジも壮大化していき、アルバムを締め括る1曲としては申し分ない。
ブラックミュージックに偏りすぎることなく、はたまたメインストリームのロックやEDMとも完全に距離を置いたこのKwesi Kの"Ran Away From Me"は、アメリカの音楽シーンにじわりじわりと異論を投げかける1枚になるだろう。また、彼はEd SheeranやSam Smithsといったミュージシャンのカバーも歌っており、グラミーノミネートで話題のJames Bayのような新興シンガーソングライターたちと共に、新しい音楽界の未来を切り開いてくれる1人となりそうだ。
ジャケット写真のKwesiは、アメリカ音楽開拓のフロンティアをまさに見つめている姿なのかもしれない。今後のKwesi Kの活動に注目していきたい。
Wrtten by 信太 卓実
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