<2016年11月2日リリース>
1.愛のゆくえ
2.LAST DANCE
3.MOON WALK
4.Landscape
5.夏の影
6.雨上がり
7.畦道で
8.死がふたりをわかつまで
9.クライベイビー
今月(2017年3月)からいよいよ全国ツアーが始まるきのこ帝国。今回は、このバンドが昨年11月にリリースした4thフルアルバム『愛のゆくえ』を取り上げたい。筆者は本作を、2016年の邦楽シーンにおいて唯一無二で圧倒的な完成度を誇る作品として愛聴している。そして先日、本作のタイトル曲が主題歌となった映画「湯を沸かすほどの熱い愛」を鑑賞して胸が熱くなり、改めてこの『愛のゆくえ』というアルバムについて考えてみたくなった。本作が人々を惹きつける最大の要因は、9曲すべてが大切な人に向けられたラブソングであると同時に、過剰に、溢れんばかりに募る愛が時に裏返しとなって、刃のように痛みを伴いながら突き刺さってくるからである。『愛のゆくえ』は、きのこ帝国が「愛」という感情を9通りに解釈して完成させた、究極のラブソング集である。
歌詞を追っていけば見えるが、1~6曲目までは私と「あなた」の物語、7~9曲目までは私と「きみ」の物語として綴られている。しかも、恋の始まりやときめきを予感させる曲ではなく、強く愛し合ってきた二人が何らかの理由(主に死によって)で別々にならなければならないような、恋の終わりを予感させる楽曲がほとんどだ。特に7~9曲目では、別れの運命に抗うかのように、私の中の愛の感情が鬼気迫るほど強く燃えていて、あえて二人称を変更したのだろうかと想像が膨らむ。映画主題歌となったタイトル曲からアルバムの構想が練られたことは間違いなさそうだが、これほどまで愛というものにフォーカスして作品がつくられたのは、きのこ帝国史上初めてのことだろう。
1曲目「愛のゆくえ」では、あなたへの愛を伝えたいけれど、<ふたりはひとつになれない/知っていた>がゆえに、<この愛はあなたにも言わない>。そして<花の名前を知るとき/あなたはいない>という詞は、愛するあなたと二人で喜びを分かち合うことができない悲痛な叫びを巧みに表現しているが、曲の最後には<でも全部抱きしめて/生きてくの>と歌い、あなたがたとえいなくても、私は生きていかなければならないという強い決意が、轟音の渦の合間でそっと囁かれる。静寂とノイズを効果的に対比させることで、そうした主人公の感情の起伏が痛いほど聞き手に伝わってくる。「死」「生」「愛」というアルバムを彩る3つのキーワードを、きのこ帝国らしい楽曲へと昇華させた素晴らしい1曲である。
自然の風景と私の感情のリンクという点から見ても、本作のソングライティングの素晴らしさがよくわかる。例えば3曲目「MOON WALK」は、<終わりのあとには/ほら/始まりの予感>を期待している私が、やっぱり変わることはできないんじゃないかと悟る楽曲。<思い出してもいい?/変われないくてもいい?>という歌詞が非常に象徴的であり、<どこにも永遠はないのだろう>と歌うことで、本当は永遠にあなたを愛することを願う心の裏返しを表現している。<悲しいくらい/青ざめた月>は、そんな私の想いを表す心象風景として見事に機能している。
また、6曲目「雨上がり」は、あなたが去ることで私は(ある種の)自由を手にする。しかし、<またあの場所で会えるなら/(中略)/もう一度だけ抱きしめて>という、まだどっちつかずな愛の感情が私の中で渦巻いている。雨上がりというのは、空は青く晴れ渡っているが、地面はまだぬかるんでいて歩きづらい状態。そんな、一見心は澄んでいるけれども、まだ前に踏み出しきれないアンビバレンツな感情を、「雨上がり」は見事に描き切っている。
前述したように、終盤7~9曲目では、私からきみへの感情はさらに強まっていく。想いが強すぎて、かえって「I hate you」と何度も嘘をついてしまう「畦道で」。<きみと日のあたる場所で/そっと息絶えたいのです/きみに誓えることなんてないけど/そばに居てください>と歌い、死ぬまで一緒にいたいと願うばかりでなく、ともに死ぬことで、死してもなお一緒にいたいという過剰な愛を汲み取ることができる「死がふたりをわかつまで」。そして最終曲「クライベイビー」では、<大切に思う/愛しいんだと思う>、<きみを好きなままさ>、<10年後も、100年後も/ずっとずっときみのそばに>と、全9曲の中で最もストレートに愛の感情を露わにしていることが分かる。その理由は、死がふたりをわかつことを恐れているから。まるで前曲との対比で描かれているかのようで巧みだ。だが、私の想いは一貫している。<いつまでもこんなふうに隣にいられるような気がしてるよ>で二人の時間が永遠ではないと悟りながらも、<いつか離れても灰になっても/いつも君を思うだろう>から汲み取れるのは、死後の世界でも想いだけはともにありたいという切実な願いなのである。
冒頭でも述べたとおり、本作は究極のラブソング集である。しかし、一貫してハッピーエンドではない二人の関係性は、すべての人々に当てはまる普遍的なラブソングである。なぜなら、どんなに幸せなカップルや夫婦でも、必ず死によって分かれる瞬間があるからである。『愛のゆくえ』を聴いた人はみな、どんなに強い愛も時間の有限性には敵わないんだと気づき、ハッとさせられることだろう。ではこのアルバムで歌われているのは、ただ絶望することについてだけなのだろうか。間違いなくそんなことはない。限りある時間を意識した瞬間から、人はより一層誰かのことを愛するようになる。永遠でないからこそ、人々の奏でる愛は美しいのであり、誰よりも強く<生きてくの>と決意する。始まりを予感させるラブソングは数多く存在するが、「終わり」を抗えない絶対的な結末として提示しつつも、そこから生きる意味を、愛する意味を紡ぎ出す、いかにも人間らしいラブソングを奏でられるのは、きのこ帝国しかいない。
Written by 信太卓実
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