yahyel "Flesh and Blood"

<2016年11月23日リリース>

1.Kill Me

2.Once

3.Age

4.Joseph

5.Midnight Run

6.The Flare

7.Black Satin

8. Fool

9. Alone

10. Why

 近年、音楽の聴き方の変遷について、多方面でよく論じられている。「音楽を買う」という意識から完全に分離されたストリーミング制度により、音楽は価格やパッケージから解放されたことがよく指摘される。だが、音楽はそうした従来の販売モデルからだけでなく、「国籍」からも解放されたとは考えられないだろうか。従来は、CDショップで日本の音楽を買おうとしたら「邦楽コーナー」に行き、英米の音楽を買おうとしたら「洋楽」コーナーに行き、ワールドミュージックを買おうとしたら、そのコーナーの中国、韓国、ブラジル、スペイン、アルゼンチン、メキシコ….など国ごとの棚を見て回るなど、音楽と「国」の関係は無意識に我々を支配していた。だから日本人ミュージシャンが海外に出ていくときも、「日本人であること」を前提として進出していくことが多かったし、海外のファンからも日本人として見られていた。このことは、2016年現在海外で活躍する日本人ミュージシャンの多くにも当てはまることだろう。だが、ストリーミングサービスが世界の主流になりつつある今、アーティスト名や楽曲名を検索するだけで簡単に聴くことができてしまい、もはや音楽を聴くときに国籍を意識する必要はなくなった。「このミュージシャンは○○人だから」というステレオタイプに縛られた聴き方から解放されつつある。ストリーミング制度の拡大は、ボーダーレスなバンドが現れる土壌整備を完了させていたのかもしれない。

 日本人らしさとか、アジア人であることの欧米に対する劣等感とか、我々の生活を暗黙のうちに支配している前提を根底から覆す存在、それがyahyelというバンドである。初めからボーダーレスで、多様な人々に開かれた存在。匿名的であるがゆえに開放的な存在。「日本人であるという線引きは一切不要」、「日本人であることを意識せず、させずとも済む音楽を作りたい」とまで語る。そんなyahyelの音作りの核となっているのが、バンドの中心メンバーである池貝峻、篠田ミル、杉本亘の3人であり、彼らの持つある種のマージナル・マンとしての経験が、yahyelの作品に大きく影響しているのは間違いないだろう。海外滞在の経験を持つ3人は、インタビューの中で「自分たちはアイデンティティをロストした世代」であると語る。すなわち、「日本人らしさ」という固定的な価値観に全く共感できず、だからと言って欧米などの外国人である訳でもない。彼らが鳴らす音楽は、そうした「居場所のなさを居場所とする」新世代のサウンドの象徴と言えるのではなかろうか。

 テクノロジーの発達やネオリベラリズムの時代の中で、yahyelのような感覚を持ったミュージシャンはいそうで意外といなかった。80年代に一世を風靡したYMO = Yellow Magic Orchestraは、自らを「Yellow=黄色人種」と名乗り、日本人らしさを存分にアピールすることで、世界的な成功を収めた。また、00年代を代表する日本のロックバンドASIAN KUNG-FU GENERATIONは、自らのバンド名に「ASIAN」と課すことによって、「アジア人としての劣等感を抱えたロックバンド」であることを高らかに宣言した。それに対してyahyelのアプローチは真逆である。非常に匿名性の高いワードをバンド名に掲げ、国境を意識させない音楽の在り方を提示している。本作での、音程を自在に操るボーカル、海外のハウス・クラブシーンを深く知るメンバーが織りなす洗練されたエレクトロ~ポスト・ダブステップサウンドを聴けば、誰も日本人が演奏しているとは気づかないはずだ。すなわち、彼らを「日本人離れしている」と評すること自体が、既存の価値観を再生産することに繋がってしまい、多様な音楽の楽しみ方の道を一つ閉ざしてしまうことになるのかもしれない。

 サカナクションが「アイデンティティがない」と嘆いたのが10年代の始まりだとしたら、yahyel がロストアイデンティティの中でもがく様を新たなサウンドに昇華したのが10年代後半の本当の始まりだと言えないだろうか。そして、それはyahyelの音楽であると同時に、ポストモダン~失われた10年~ゆとり教育など、様々な変革と試行錯誤の時代を生きてきた現代の若者全員が共有すべき反抗の音楽なのである。世界に目を向ければ、10代後半から20代の若者が声を上げる事例も多く見受けられる。アメリカでトランプ大統領が当選した時、真っ先に反抗の動きを見せたのは10~20代の若者たちであったし、韓国でも朴大統領弾劾案の推進力となったのは若者たちの声であった。しかし、それが保守的な団塊以上の世代との軋轢を生んでいることも事実であろう。yahyelが鳴らす既存のアイデンティティの押し付けに対する反抗の音は、2016年という時代を最も象徴する存在なのではなかろうか。

Written by 信太卓実

TS WONDERFUL MUSIC

音楽ライター目指しています。 いろんな音楽を紹介していくので、ぜひ聴いてみてください!!音楽で人生を豊かに。

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