Bon Iver "22, A Million"

<2016年9月30日リリース>

1. 22 Over Soon

2. 10 Death Breast

3. 715 Creeks

4. 33 "GOD"

5. 29 #Strafford Apts

6. 666 CROSS

7. 21 Moon Water

8. 8 8 Circle

9. 45

10. 1000000 Million

 自己とは独立して存在するものではない。コミュニケーションを重ねて他者と接し、その接点が大きくなっていく中で、次第に自分とは何者か、何をすべきなのかを意識するようになり、自己というものが形成されていくのだ。アメリカはウィスコンシン州オークレア出身、Bon Iverことジャスティン=ヴァーノンの新作『22, A Million』も、そうした自己形成の過程が強く意識されている作品である。

 隔絶された山小屋で静かに楽曲制作に耽っていた彼は、2011年に発表した前作『Bon Iver』で思いがけないブレイクを果たす。「オークレア(仏語で“澄んだ水”の意)」をまさに体現したかのような『Bon Iver』の音楽は、大地に染みわたっていく雨水の如く、多くの人々の心の隅々まで行き届いていった。ジャケット写真に描かれた、広大な大地と自然の中にぽつんと佇んでいる山小屋の情景は、彼の音楽が、壮大さの裏に内省的でパーソナルな面も備えていることをそっと示してみせた。まるでSigur Rósの神秘性と、土着的な民謡の温もりが交じり合ったかのよう。 Bon Iverの音楽は瞬く間に世界の注目の下に置かれた。そして、彼の音楽に込められた内面は初めて「他人=世界」と大きな接点を持ったのである。音楽が世界中に届き、世界中に評価される。もちろん、人々の次作への期待も膨れ上がる。彼の中では、それまでのどの瞬間よりも強く「自分は世界に求められているのだ」という意識が芽生えただろう。すなわち、ジャスティン=ヴァーノンとしてではなく、Bon Iverとしての強力な自己が形成されたのではなかろうか。こうして、5年前のこの2ndアルバムを機にジャスティン=ヴァーノンは他者の目線を絶えず意識した制作活動を行うようになり、その重圧や、時に息苦しさと闘いながら、何とか人々の期待に応えようとしてきたのである。

 そして、5年ぶりに我々の元に届いた新作のタイトルは、『22, A Million』。彼によれば、22とは自分、Millionとはあらゆる他者を示す。まるで5年前から続く自分と社会との関係性における葛藤を、そのまま反映したかのようなタイトルではないか。一度大きな関わりを持ってしまった以上、22はMillionという社会的潮流の影響から逃れることはできない。両者の絶え間ない相互関係の中で、22は次第に「自分とは何か、何をすべきなのか」と繰り返し問うようになる。そして、重圧に押しつぶされそうになりながらも、1曲目"22"のイントロの発想から始まったという今回の制作活動は『22, A Million』という結実を迎えられたとともに、それは5年という期間におけるBon Iverと周囲の環境変化そのものを象徴する作品となった。

 特に10曲目“1000000 Million”の歌詞が、こうした苦悩、葛藤、変化を如実に描いているように思えてならない。まるで歌うことを通して、自分自身の存在意義を再確認しているかのようである。

“Must’ve been forces that took me on them wild courses(強い力が私を野生の道へと連れてきたに違いない)”

“it gives meaning MINE(私に、私の意味を与える)”

 オートチューンを多用した彼のボーカルは、時に激しく空間を切り裂く。実験的で破壊的。それでも彼は歌うこと、歌声を届けることを選んだのである。もはや音楽は自分だけのものではないし、常に他人の視線や評価の下に晒されている。しかし、それは間違いなく人々がBon Iverの歌声を求めているということである。この事実を5年間かけてゆっくり咀嚼して消化し、他人(Million)、世界、社会と改めて向き合う覚悟を決めた。そんな一人の人間の固い決意を高らかに示してみせた作品。それが『22, A Million』なのである。


第2のBon Iverの歩みが、ここから始まる。


Written by 信太卓実

TS WONDERFUL MUSIC

音楽ライター目指しています。 いろんな音楽を紹介していくので、ぜひ聴いてみてください!!音楽で人生を豊かに。

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