<2016年8月3日リリース>
1.I'm a boy
2.冒険
3.青空ロンリー
4.パンチドランク・ラブソング
5.苺畑でつかまえて
6.血を流そう
7.セツナ
8.桜 super love
9.ベン・ワットを聴いていた
<”パンチドランク・ラブソング”、”苺畑でつかまえて”、”セツナ”のMVはどれも必見!!>
サニーデイ・サービスの作品を聴いた後の、なんとも形容し難いこの感情。地方都市から上京してきて、たそがれながらも冷静に東京という街を見つめている感覚。あるいは、偶然入った喫茶店で恋に落ちてしまうような甘い青春に、ほろ苦いコーヒーの味がブレンドされているような感覚。あるいは、暑い一日が終わり、まもなく夏の夕暮れ時が過ぎようとしている感覚。あるいは、なんとなく潮風に吹かれたくて、鈍行列車でひとり海辺まで向かっているような感覚。そう、人生のありふれた一瞬を切り取ったはずなのに、サニーデイ・サービスの楽曲にはどこか行き場のない孤独感や寂寥感が同居しており、それが彼らの独自性を確立させている。最新作“DANCE TO YOU”は、ストリングスを交えない純粋なバンドサウンドに乗せて、日常生活に偏在するそうした儚い心象を10年代に見事に響かせた1枚ある。
しかしながら一聴してみると、本作はネガティブな感情に支配された重い作品にはなっていない。1曲目“I’m a boy”で「僕の中に暗い夜が続く」と歌うように、人の内面を示したダークな歌詞表現は随所に散りばめられているものの、アルバム全体を通して聴けば、意外にもスッと体の中に馴染んでくる。それは、曽我部恵一が本作を「ダンスミュージック」と呼称し、重さではなく「軽さ」を追及した1枚になっているからだ。丸山(Dr)の途中不在、レコーディング済み楽曲の全破棄など、今回のアルバム制作は思うように進まず、90年代以来久々に生みの苦しみを味わったという曽我部。お世辞にもバンドの状態が良いとは言えなかった中で、それでも曽我部はソロではなく、サニーデイ・サービスというバンドでのリリースに拘った。それは思うに、新世代のいわゆる「シティポップ」として括られるバンドたちが群雄割拠する10年代において、今のサニーデイには何ができるか、葛藤の中で生み出されるバンドマジックとは如何なるものかを追い求めたかったからではなかろうか。渋谷系影響下にあった95年に、彼らは『若者たち』という大胆でドメスティックな日本語ロックの傑作を生み出し、サニーデイ・サービスというバンドで新時代を切り開く偉業を成し遂げているのだから。
そんな彼らが苦しみの先に辿り着いたのが軽さであり、ダンスミュージックとしての新境地である。ひとことで「軽さ」といっても、薄っぺらくて安直という訳ではない。時代にプレッシャーを突き付けて説得力を出すのではなく、もっと純粋に音としての良さ、バンドサウンドとしての心地よさを追及するということであり、リスナーの心が踊るようなダンスミュージックを生み出すということである。シングルカットされていた“苺畑でつかまえて”は、曽我部自身もアルバム制作の潤滑油となった楽曲だと話しており、『DANCE TO YOU』の完成を予言するような存在であった。圧巻なのは、終盤の“セツナ”から“桜 super love”への流れ。“セツナ”はMVの独特な世界観に象徴されるように、自然と体が踊り出すというより、心が踊り出す衝動を不器用ながらも体で表現したような、ダンスミュージックとしてのこのアルバムの世界観を象徴する楽曲だと感じる。無事に体が少しずつ動き出したと思ったら“桜 super love”へと突入し、我々の内面と身体は一気に開放される。そして、“ベン・ワットを聴いていた”へと繋がり、「Bye Bye」と何度も繰り返しながら、少しずつ潮が引いていく浜辺の波のように『DANCE TO YOU』は静かに幕を下ろすのである。
曽我部が日頃意識するというYogee New Waves, Suchmos, never young beachといったバンドの作品と比べても、『DANCE TO YOU』は全く引けを取らない。それどころか、サニーデイ・サービスの作品には必ず普遍性が内包されていて、いつ聴いても必ず「現代の音」として素直に受け止めることができる。若者のモラトリアム、街に出て恋をしたいというごく普遍的な青春を歌ったのが『東京』だとすれば、良い音楽を聴いたら心が踊って、自然に体も動き出すという感覚を作品にしたのが『DANCE TO YOU』である。96年リリースの『東京』が2016年に再評価を迎えているように、『DANCE TO YOU』が20年後にも多くの人々に聴かれ続けている風景は容易に想像することができる。その点で、本作はサニーデイ再結成以降の代表作といって過言ではないだろうし、これほど新しいバンドたちがひしめく10年代の豊かな音楽シーンの中でも、やはり多くの人がサニーデイ・サービスを必要としていることをそっと示してみせた1枚でもある。
Written by 信太卓実
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