<2016年2月17日リリース>
吉澤嘉代子
”東京絶景”
1.movie
2.ひゅー
3.胃
4.ガリ
5.ひょうひょう
6.ジャイアンみたい
7.手品
8.化粧落とし
9.綺麗
10.野暮
11.ユキカ
12.東京絶景
天才が見せた秀才としての顔。この2ndアルバムから受けた印象を一言で表せばそうなる。凡庸な表現をすれば、1stから2ndへの正統な進化というところだが、吉澤嘉代子流に言えば前作は妄想世界で、本作は日常世界を表した作品と言えるだろう。
妄想系シンガーソングライターの地位を確立し、あからさまな個性を見せつけていた前作と比べれば、本作は全体的に落ち着いた印象を受けるかもしれない。しかし、一見真逆とも思えるこの変化は、吉澤嘉代子流のソングライティングの軸が貫かれた結果として必然的に起きた現象であり、おそらく彼女自身は変化とも方向転換とも思っていないだろう。
吉澤嘉代子は楽曲制作の際、「吉澤嘉代子」として歌うのではなく、あるテーマをもとに一人の主人公を設定し、それになりきった役者として歌い上げるのである。それゆえ、彼女の声の魅力は楽曲によって全く異なる。そして、前作『箒星図鑑』では妄想世界に住む女の子たちを主人公としたのに対し、本作『東京絶景』では日常世界の女の子たちを主人公としている。舞台設定やアウトプットとしてのサウンドは変わっているが、「なりきり」という曲作りのスタイルは何も変わっていないのだ。
この『綺麗』という曲は、吉澤自身も非常に気に入っていると話す1曲で、上野公園で見かけたカップルから発想を得て作られたそうだ。妄想チックなリリックも光る傍ら、アルバムのテーマでもある「日常」における恋愛風景が織り交ぜられたことで、前作と本作の懸け橋となる重要な楽曲と言えるだろう。サビ後の「ピカピカ、キラキラ、クラクラ」というフレーズは、ユーモアたっぷりで安定の吉澤嘉代子節だ。
タイトル曲の『東京絶景』は、このアルバムを語るうえで欠かせない。下北沢で弾き語りをしていた下積み時代の想いが詰まった1曲で、「下北沢と言えば!」ということで曽我部恵一がギターで参加している。吉澤嘉代子の自然体を描いた曲にも捉えられるが、彼女に言わせれば、東京で一人暮らしを始めた友人を主人公とした曲だそうだ。アルバム全体の雰囲気を醸し出しているのはやはりこの曲であり、前作『箒星図鑑』の世界観にはどうしても合わなかった曲だろう。前作の舞台は夢の国、本作の舞台が日常の東京であることを明確にしている。
その他にも、ドラムのキレと疾走感が抜群な1曲目『movie』や、マーティ=フリードマンが参加して「メタル化」した8曲目『化粧落とし』など、サウンド面での新しさも申し分ないが、全体的にはより王道のポップスに落とし込まれている。視点が日常にシフトされた分、中毒性たっぷりのドロドロさが抑えられて、聞き手の状況に依存せず聴ける作品になった。妄想世界を体現してきた彼女にとって、日常を描くというのは非常に大きな挑戦だ。私にとっては、アニメを専門に作り続けてきたクリエーターが、突然実写のドラマにも手を出したような衝撃だった。しかしそんな不安をよそに、あっさりとその偉業を成し遂げ、妄想も日常もすべて吉澤嘉代子の世界に落とし込んでしまった。このアルバムの素晴らしさはそこにあるのだ。
ぜひとも1stアルバム『箒星図鑑』を聴いたうえで、本作『東京絶景』に耳を傾けてもらいたい。
本作を引っ提げて4月に行われる東京国際フォーラムのパフォーマンスしだいで、今後のブレイクが大きく左右されそうだ。「”今”聴くべきミュージシャン」の中でも紹介したが、2016年が吉澤嘉代子の勝負の年になるだろう。と同時に、妄想と日常の両極端なテーマを使い果たしたことで、「次回作の方向性はどうなるのか」ということまで気になってしまう。
かつてノエル=ギャラガーがそうだったように、吉澤嘉代子も3rdアルバムを作るのに十分な曲数を、だいぶ前からストックしているらしい。とすれば次作のテーマはすでに決まっていて、2ndアルバムはまだまだ通過点に過ぎないのかもしれない。やはり吉澤嘉代子から目を離すことはできない。
Written by 信太卓実
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